「さらき」の語源

更木の地名の起源は明らかではありませんが、「さらき」はアイヌ語の「麓を洗う」という意味があると言われています。

更木地区概要

更木地区の位置北上市の北端で花巻市と境を接し、北上川と猿ケ石川に挟まれた肥沃な土質に恵まれ、面積11.9平方キロメートル、人口約1,300人の農業主体の町です。

中央部には北上山系の山地があり、西部には水田地帯、東部には盆地になっており豊かな自然に囲まれたところです。

町の中央を新幹線が縦断し、南北に県道花巻北上線、東西に県道東和北上線が町の中心部で交錯し北上市や花巻市の中心部にも約9キロでいける交通の便もとても良いところです。

観光スポット・おすすめポイント

更木地区観光マップ
八天縄文遺跡

1.八天遺跡《国指定文化財》

縄文時代中期・後期の土杭と柱穴群を主体的に、平安時代の住居跡、中世和賀氏の城舘の塀などが発見された珍しい遺跡です。昭和53年2月に国指定遺跡になりました。縄文時代後期の大型円形建物遺跡と同時期に属する土杭から土製仮面の部分と思われる鼻・口・耳が発見されました。この土製品は、縄文時代の習俗・埋葬儀礼を考えるうえで重要な意味を持つことから、平成4年に国の重要文化財に指定されました。平成21年には海を渡り、大英博物館で特別展示されました。

大竹廃寺

2.大竹廃寺
《県指定文化財》

平安時代の桁行5間、梁間4間という巨大寺院跡で、全盛期には火災で焼失したまま廃絶したらしく、旅籠山の地名から道寺(無料宿泊所)と思われている。

五輪塔

3.五輪塔
《市有形指定文化財》

下八天南方の県道に接し、小高い山に2基の石が並んでいる。中央部に和賀氏時代の14~15世紀のものとみられる死者を供養する石造の板碑と宝篋印塔が1基ずつ建てられている。

中村家住宅

4.中村家住宅

童話「注文の多い料理店」のモデルにしたといわれている住宅。
※旧更木村長、中村万右衛門氏が大正6年に元陸軍大将・乃木希典が学習院時代に住んだ官舎を真似て作った洋館で、地学を通じて友人であった宮沢賢治が童話のモデルとした。

更木館跡

5.更木館跡

八幡館とも言い、かつて和賀郡内北上川東岸では最大の城郭でした。和賀氏が二子城に移る前の本城と考えられます。

エドヒガンザクラ

6.エドヒガンザクラ

昔から和賀と稗貫の境の桜との言い伝えがあり、地元の人たちには、種まき桜として春の農作業の時期をこの木から教えられたという樹齢約400年の桜です。

平野直文学碑

7.平野直 文学碑

明治35年3月に更木に生まれ、童謡、童話、民話などを執筆された文学者です。代表作に「ぼたんの子守歌」「岩手の伝説」「すねこたんぽこ」などがあります。

コウホネ

8.コウホネ群生地

スイレン科のコウホネ(河骨)の群生地です。

喜久盛酒造

9.喜久盛酒造本店

地酒「喜久盛」「鬼剣舞」蔵元。
喜久盛酒造ホームページ

更木ふるさと興社

10.更木ふるさと興社

桑茶等を手掛ける農業法人。
更木ふるさと興社ホームページ

しらゆり

11.更木しらゆり公園

12.枝垂れカツラ

永昌寺山門脇に大きくそびえる

13.ネズコ

永昌寺本堂の裏側にある古木。樹齢200年。

14.しらゆり群生地

15.梅ヶ沢城跡

16.仁兵衛堰

17.永昌寺

18.臥牛観音

19.稲荷神社

20・菅原神社

21.新山神社

22.八森神社

23.白山神社

24.松尾神社

25.若山牧水・貴志子文学碑

26.永昌寺観音

27.臥牛とうふ工房

28.更木ビオトープ公園

29.水乞山

更木結っこ工房

30.結っこ工房

地域おこしの一環として、桑茶など更木地区の特産物を利用したスイーツづくりや商品開発を行う地元の女性グループです。

農事組合法人さらきなどで定期的に販売も行っております。

販売日や商品についてはお知らせページで紹介しておりますのでご覧ください。

公共施設

更木幼稚園・更木小学校・更木地区交流センター


より大きな地図で 更木地区公共施設 を表示

歳時記

1月 どんと祭
1年の無病息災・家内安全を祈願し、神社の境内で正月飾りを焼いて、神様にお帰り頂く行事です。
4月 更木町火防祭
神輿、神楽、民舞が更木地区の公民館を巡りながら祈祷する行事です。
7月 桑茶新茶まつり
新茶の時期に合わせ行われる、桑や桑茶に身近にふれあえるイベントです。
9月 更木八天縄文まつり
縄文時代の文化・料理体験や様々なアトラクションが八天遺跡で行われるイベントです。
10月 更木郷土芸能まつり
更木地区の神楽や鹿踊り・舞踊などが発表されます。

火おこし体験

更木八天縄文まつり

火おこし体験

更木八天縄文まつり

鹿踊り

更木八天縄文まつり

神楽

更木郷土芸能まつり

神楽

更木郷土芸能まつり

舞踊

更木郷土芸能まつり

郷土芸能

早池峰岳流更木神楽
早池峰岳神楽の流れをくむ山伏神楽です。習い始めは寛永2年で、慶応3年に成田神楽から伝承され、現在の舞中心になっています。
更木八天太神楽
伊勢流といって、今から400年前に伊勢山田で悪疫を退散させた名残りと言われています。
山寺新山神楽
修験道最大の宗派のひとつである本山派(天台密教系)の経験者が開かれた大福院(現新山神社)は、大乗神楽を普及していた。
更木大竹神楽
庭元平野牧郎氏が保存する「神楽契約書」によると、更木に働きに来ていた染物職人、村崎野の及川忠兵衛から習い、これを天神神楽と命名したとあります。戦後、「更木大竹神楽」と名称を変えました。
更木大竹大神楽
大正5年に大竹大神楽連中として結成された。現在は3代目の方々が獅子舞と祝の舞を演じている。
更木石名畑神楽
昭和40年代に神楽の再興を願い、下組地区(中宿・石名畑・野沢)の青年たちが、千田徳義氏を指導者に稽古を行い、昭和52年に羽黒山参り奉納し伝承している。
南部流更木神楽
南部藩時代に藩の高位な方に踊りを披露した際、幕に「向い鶴」の紋をつけることを許されたとされる。北上市内でも一番古い歴史があり、石碑には文政年代の文字が刻まれている。
臥牛神楽
明治初期に、旧中内村の中内神楽を師として始める。その後中断したが、昭和8年復活のため旧矢沢村の幸田神楽を伝承し、現在に至っている。

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